大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成4年(ワ)4410号 判決

原告

株式会社山王商事

被告

長内康一郎

主文

一  被告は、原告に対し、金三一〇万七五九〇円及び内金二八〇万七五九〇円に対する平成三年四月二一日から、並びに内金三〇万円に対する平成七年二月一四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金二五四七万三一八二円及び内金二三八一万七〇八二円に対する平成三年四月二一日から、内金一〇五万六一〇〇円に対する平成四年四月二一日から、並びに内金六〇万円に対する平成七年二月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成三年四月二一日午前一時四〇分ころ

(二) 場所 東京都豊島区東池袋一丁目二四番地先路上

(三) 態様 右場所において、原告所有、訴外田村学運転の普通乗用自動車(登録番号「品川三三ゆ一一一二」、以下「原告車」という。)が信号待ちのため停止していたところ、被告運転の普通乗用自動車(登録番号「青森三三も〇八五五」、以下「被告車」という。)が原告車の後部に追突したため、原告車は、その前方に停止中の訴外渡辺敬一運転の普通乗用自動車に追突した。

2  責任原因

本件事故は、被告の前方不注視の過失によつて惹き起こされたものであるから、被告は、民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償する義務がある。

二  争点

損害

原告は、本件事故による損害として、〈1〉修理費用、〈2〉評価損、〈3〉代車料、〈4〉弁護士費用を主張する。

このうち、修理費用について、原告車の修理は、損傷を受けた部分のみの塗装(以下「部分塗装」という。)では、他の部分と色調、光沢に差異が生じるので、全体の塗装(以下「全塗装」という。)が必要であり、これに要する費用も損害に含まれること、また、被告が、原告の修理請求に応じなかつたため、原告車の修理に着手することができず、原告車を長期間放置したため、劣化が生じて新たに必要となつた修理費用も、本件事故による損害に含まれると主張する。

これに対し、被告は、原告の主張する損害の額及びその相当性を争う。

第三争点に対する判断

一  全塗装について

1  甲二、甲一八の一ないし一七、甲三三、甲三四、甲四〇、乙二ないし乙二一、乙二二の一ないし三、乙五一、証人森田昌己の証言及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告車は、平成元年五月一二日に初年度登録されたいわゆるキヤデラツクで本件事故までに二年近く経過しており、走行距離は、三万七六八七キロメートルであるところ、本件事故により、後部リアバンパーが凹損し、後部トランクから左右リアドアにかけて歪むなどの損傷を受け、また、右前バンパー部分も軽微ではあるが、損傷を受けた。

(二) 本件事故後、原告の要望により、原告車は、原告と以前から取引のあつた株式会社ヤナセ東京支店(以下「ヤナセ」という。)ヘレツカー車で搬入され、原告車の損傷状況の確認とともに修理の見積もりが行われることとなつた。原告車の損傷状況の確認には、平成三年四月二五日、被告の加入する安田火災海上保険株式会社(以下「安田火災」という。)のアジヤスターが立ち会つたが、その際、ヤナセと安田火災のアジヤスターの間では、修理内容についての協定等はされず、その後、平成三年五月九日付でヤナセが修理見積書(甲三四添付の平成三年五月九日付見積書、以下「第一見積書」という。)を作成し、安田火災及び原告にこれを送付した。第一見積書によれば、原告車の修理内容は、損傷部分の板金、交換のほか、塗装につき部分塗装に止まるもので、修理費用は、概算一六七万四一九〇円(消費税を含まない。)であつた。

なお、部分塗装分の費用は、「左右リアピラーペイント」 (三万九〇〇〇円)、「左右リアブエンダーピラーペイント」 (三万五八〇〇円)、「リアライセンスポケツトペイント」(一万三〇〇〇円)、「リアエプロンペイント」(一万八〇〇〇円)、「トランクフードペイント」(五万一五〇〇円)、「左右リアフエンダーペイント」(七万六六〇〇円)の合計二三万三一〇〇円である(消費税は含まない。ただし、第一見積書番号一八と二三の「左右リアピラーペイント」は重複見積もりであるので、一方のみ計上する。)。

(三) 第一見積書を受領した原告から、ヤナセに対し、部分塗装では、色むらなどが生じるのではないかとの問い合わせがあり、ヤナセが色むらが出る旨の回答をしたため、原告はヤナセに対し、全塗装の見積もりを出して欲しいと要望し、ヤナセは、これに応じて全塗装を前提とする修理見積書(甲二、以下「第二見積書」という。)を平成三年六月一二日付で作成し、安田火災と原告に再度送付した。第二見積書の修理内容は、第一見積書の修理内容、第一見積書において、見積もり漏れとなつていた「左右リアドアフゾクヒンダツチヤク」(一万九五〇〇円)、「左右リアドアウチバリダツチヤク」(九〇〇〇円)、「左右リアドアガラスダツチヤク」(三三〇〇〇円)のほか、全塗装に見直したものであり、修理費用は、概算二三九万六六九〇円(消費税を含まない。ただし、第二見積書番号三七ないし四二と四三ないし四八の二六万三六〇〇円は重複見積もりである。)であり、全塗装をすることによる費用の増加分は、三九万七四〇〇円である(二三九万六六九〇円から二六万三六〇〇円、一万九五〇〇円、九〇〇〇円、三三〇〇〇円及び一六七万四一九〇円を控除した額である。)。なお、ヤナセによれば、原告車について部分塗装のみした場合、原告車は購入後二年近く経過しているため、色褪せが既に生じており、新たに塗装した部分と比較すると、太陽光線や蛍光灯の下でつややくすみとして色違いが生じるという。

(四) ヤナセが第二見積書を原告と安田火災に送付した後、ヤナセに対しては、原告からも安田火災からも修理に着手して欲しい旨の指示は一切なく、原告車は修理されないまま、ヤナセが保管していたところ、本件訴訟提起後、原告からヤナセに対し、車両を放置していたことで劣化が生じているかもしれないので再度見積もりをして欲しいとの依頼があつたため、ヤナセは、これに応じて平五年二月二六日付の見積書を作成した(甲三三、以下「第三見積書」という。)。第三見積書の修理内容は、原告車を本件事故後も放置していたために劣化した部分についてのものであり、修理費用は、一〇二万五三四〇円(消費税を含まない。)である。

2  右によれば、まず、部分塗装による場合、太陽光線や蛍光灯の下で、塗装しない部分とつややくすみの差が生じるというのであるが、原告車の部分塗装の範囲も考慮した場合、右の程度の差異は原告車の外観に重大な影響を与えるものとはいいがたい。

そもそも、第一見積書においては、全塗装の費用が見積もられておらず、原告の要請に応えて作成された第二見積書において全塗装の費用が見積もられているのであるが、その理由についてヤナセの従業員森田昌己は、その陳述書(甲四〇)において、色違いの程度は実際に塗装してみないとわからなかつたので、第一見積書には全塗装の費用を見積もらず、損傷部分の修理後色違いが生じたら追加見積もりをするつもりであつた旨述べながら、他方、同証人は、はつきりとわかる程度の色違いが生じると判断していたとも述べている。もし、同証人の指摘するとおり、顕著な色違いが生じるというのであれば、修理費用に大きな差が生じるのであるから、この点に関し、第一見積書に何らの記載もなく、第一見積書作成段階で、ヤナセから安田火災や原告に対し、追加見積もりの可能性があることを知らせた形跡がないこと、さらに同証人の証人尋問においても何ら触れていないことなどは、極めて不自然というほかはなく、この点に関する陳述書記載部分は直ちに信用できず、むしろ、ヤナセとしても多少のつややくすみの差が生じるにしても、それが原告車の美観を損なう程度の顕著なものとの認識がなかつたために、第一見積書は、部分塗装を前提として作成されたものと推認することができる。また、右のような多少の光沢の差が生じるのは、原告車が購入後二年近くを経過して、既に色褪せ等が生じていたためであることや、全塗装する場合に要する費用は、原告車の損傷のひどい後部の部分塗装の場合に要する費用の二倍以上にもなることなどの事情も併せて考慮すれば、本件において、原告車の全塗装を認めるのは、過大な費用をかけて原告車に原状回復以上の利益を得させることになることが明らかであり、修理方法として著しく妥当性を欠くものといわざるをえないから、部分塗装を前提とした修理費用をもつて本件事故と相当因果関係にある損害というべきである。

二  損害

1  修理費用 一七四万七五九〇円

(請求 本件事故による修理費用分二一九万七〇八二円、劣化により新たに必要となつた修理費用分一〇五万六一〇〇円)

(一) 本件事故による修理費用について

前認定のとおり、本件事故と相当因果関係を有する損害は、部分塗装を前提とする修理費用というべきであり、その額は、前認定の事実によれば、第一見積書記載の一六七万四一九〇円(消費税を含まない。)から重複分三万九〇〇〇円を控除し、見積もり漏れの分六万一五〇〇円(前認定の一万九五〇〇円、九〇〇〇円及び三万三〇〇〇円の合計である。)を加算した合計額一六九万六六九〇円に消費税を付加した一七四万七五九〇円である(円未満切捨て)。

(二) 劣化により新たに必要となつた修理費用について

甲二二、甲三五、乙五五、乙六一ないし六九、証人宮本信二の証言、原告代表者本人尋問の結果及び前認定の各事実によれば(必ずしも、原告と安田火災の交渉の詳細について明確ではないが)、全塗装か部分塗装かで原告と安田火災との間で話し合いがつかず、結局原告も安田火災もヤナセに対し、修理の着手を指示しなかつたために、原告車が修理されないまま放置された結果、劣化が生じて新たな修理費用が必要となつた事実が認められる。しかし、前認定のとおり、被告の賠償すべき損害は、部分塗装を前提とした修理費用に止まるのであるから(たとえ、原告の主張するように、部分塗装の後、色違いが出れば全塗装することにしてとりあえず修理に着手するよう原告が安田火災に申し入れていたとしても)、原告車の修理ができなかつたのは、結局、原告が、全塗装の要求を撤回しなかつたことに主な原因があるから、新たに必要となつた修理費用は、本件事故と相当因果関係を有する損害ということはできない。

また、原告としては、自ら修理費用を負担して、原告車を修理し、その費用を被告に請求することも可能であつたのに、これをせず、徒に損害を拡大させたから、損害賠償制度の趣旨である損害の公平な負担という観点からも、損害として認めることは相当ではないというべきである。

2  評価損 三五万〇〇〇〇円

(請求 四二万円)

原告車は、修理によつて一応原状回復されたというべきであるが、原告車の損傷の程度や、多少であるにしろ部分塗装により色むらが生じる可能性があることなどを考慮すれば、修理によつても完全に修復しえない欠陥が残存することも否定できず、修理費用、原告車の車種、使用期間を併せて考慮すれば、評価損として右の額を認めるのが相当である。

3  代車料 七一万〇〇〇〇円

(請求 二〇一五万円)

甲三五及び原告代表者本人尋問の結果によれば、原告の営業内容は、水産物の輸入・加工・販売、衣類の輸入・販売、石油製品の販売等であり、原告車は、原告代表者が通勤用に使用する他、原告車の顧客の送迎等に頻繁に使用していたことが認められ、原告の営業その他に車両が必要であつたということはできる(被告は、原告が他にも車両を所有していたことをもつて、代車は不要であつた旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。)が、右の原告の営業内容、原告車の使用状況に照らし、原告主張のように電話付きのBMWを代車として使用する必要があつたことまでは認めることができず、代車としては、国産高級車で足りたものというべきであり、甲二〇によれば、原告は最初の一日三万円、追加一日あたり二万円の費用で国産の相当程度の高級車を使用することができたものと認められる。

その期間については、修理に要する期間であるというべきところ、修理の着手が可能となつたのは、第一見積書(平成三年五月九日作成)の作成後であり、乙二二の二によれば、修理に要する期間は一六日間であることが認められるから、原告の代車の使用期間としては、本件事故の日である平成三年四月二一日から同年五月二五日までの三五日間を認めるのが相当である。なお、原告は、代車を使用しなければならない期間として、本件事故の日から平成四年一〇月三一日までを主張するが、既に認定したとおり、原告車が修理できなかつたのは、原告の対応に主な原因があるから、修理に必要な期間を超えて代車の使用期間を認めることはできず、原告の主張は採用できない。

したがつて、代車料として、初日三万円、二日目以降一日あたり二万円、三四日間の合計七一万円を認めるのが相当である。

4  合計 二八〇万七五九〇円

三  弁護士費用 三〇万〇〇〇〇円

本件訴訟の経緯に鑑み、右額が相当である。

四  合計 三一〇万七五九〇円

五  以上の次第で、原告の本訴請求は、前記四記載の額及び内金二八〇万七五九〇円に対する不法行為の日である平成三年四月二一日から、並びに内金三〇万円に対する本判決言渡しの日である平成七年二月一四日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、原告のその余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松井千鶴子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例